汀和桜(みぎわかずお)がその訃報に接したのは、寝入りばなのメールだった。

空気の振動する音で目が覚める。ベッドの宮に置いていた携帯電話を手にすれば、弱い光がメールの着信を知らせている。今時分、誰からだろうと思いながら、枕元の灯りを点けて内容を確認する。

発信元は宮元(みやもと)からだ。題名は”藤枝(ふじえだ)くんの件で”とある。
…藤枝て、香太郎(こうたろう)か。
小さく眉が動く。宮元からのメールの冒頭には”同級生の藤枝香太郎くんが10日前、急逝しました”と書いてある。
「え」
声が出る。

もう一度、今度はしっかりメール本文を読む。そこには10日前に藤枝が急逝した事、通夜と葬式は住んでいた場所ですでに終わっている事、せめて同級生の有志で集まって偲ぶ会を開こうと考えている事が書かれてある。
何度読み返しても、どう読んでも、藤枝が亡くなったのは間違いない。和桜は携帯電話を元の場所に戻して、ベッドからおりる。

パジャマの上からカーデガンを羽織り、寝室からキッチンへ。冷蔵庫を開けて、コップに水を注ぎ、ひと息に飲む。
「ハア」
それでも、胸のむずむずは納まらない。

宮元は高校の同級生で、クラス委員をしていた真面目な性格の持ち主だ。冗談で訃報連絡をしてくるような人間ではない。
…ホンマに、死んだんか? 香太郎が?
それでもまだ、信じられない。信じたくない。

和桜は大きくため息をついて、戸棚から洋酒のビンを取り出す。グラスに氷を入れ、洋酒を注ぐ。水で割らずに、そのままあおる。冷えた液体がノドを通って、胃に落ちる。アルコール度数の高い酒を生であおっているにもかかわらず、酔いはまわらずに、かえって目が冴えてくる。
イスをひいて座る。何度もあおる。

いつもは冷静で感情の起伏が分かりにくいと周りの人間から言われている和桜だが、突然の藤枝の訃報に、動揺が隠せない。
藤枝とは高校の同級生で、同じ弓道部員でもあった。華奢な体に栗色の髪、大きな瞳と、愛らしい容姿をしていた藤枝は、学校内でも目立つ存在だった。機嫌よく笑う顔、口を尖らせて拗ねた顔、弓を引く時の真剣な顔。和桜の思い出の中で、藤枝は色鮮やかに生きている。
…死んでしもたやなんて。

グラスに酒を注ぐ。
和桜は、最後に藤枝に会ったのはいつだったか、考える。高校の卒業式の時、短く言葉を交わしたのが最後だから、もう20年以上前の話だ。その時の藤枝は、哀しい目をしていた。
…次、会う時はきっとお互い笑顔で会えると思てたのに。それも、かなわんようになってしもた。
そう思うと胸が痛む。いくら飲んでも落ち着かず、かえって心は波立っていた。



さんざん迷って、藤枝を偲ぶ会に行く。その日は朝から冷たい雨が降って、凍えるような寒い日だ。主催する宮元は、同級生の有志で集まると言っていたが、誰が何人くらい集まるのか、まったく聞かずに会場となった店へと向かう。
その店は駅から少し歩いた場所にある、小じんまりとした料理屋だ。和桜は初めてだが、宮元の知り合いがやっている店らしい。

店先で傘を畳んで、”本日貸切”と張り紙のしてある引き戸を開ける。
「汀」
店員がいらっしゃいませと言うと同時に、奥から宮元が出てくる。
「久しぶりやな。相変わらず、忙しいか?」
「ああ」
小さく頷いて、雨のしずくを手で払いコートを脱ぐ。

高校卒業後、遠方の大学に進学し就職した和桜は、同級生とは疎遠になっていた。年賀状やメールで細々と連絡を取り合っているのも、宮元をはじめ数える程しかいない。数年前、地元に戻って来たが、同窓会に誘われても多忙を理由に参加しなかった。
「コッチや」
促されて奥へ。畳んだコートを持って、小あがりで靴を脱ぐ。顔を伏せて部屋に入る。

和桜が姿を現したとたん、すでに集まっていた数人から”ああ”とも”おお”ともつかない声が漏れる。長身で、一重の切れ長の目に通った鼻筋、赤い唇と、和桜の容姿は人目を惹く。高校時代からほとんど変わらない麗しい姿に圧倒されたのか、それまでささめき合っていた参加者は口をつぐんで和桜が座るのを眺めている。

荷物を置いた和桜は、顔を上げて正面を見る。上座に簡単な祭壇が作ってあり、そこに写真がいくつか並んでいる。
「宮元。あれは?」
「ああ。藤枝の写真や。俺が藤枝のお母さんから借りてきた」
宮元の話によると、藤枝の訃報は藤枝の母から連絡があったそうだ。
「俺も藤枝とは高校卒業以来会(お)うてへんかったんや。急な話でびっくりしてんけど。お母さん、同級生名簿見て、まず俺に連絡しはってん」
「さよか」
連絡をもらった時には、すでに通夜も葬儀も終わったあとだったので、偲ぶ会を開く事にしたそうだ。

そこまで聞いて店の戸口に人の気配がする。宮元は戸口へと立って行く。
和桜はその後ろ姿を見送って、自分も立って祭壇の前まで行く。飾ってある大小さまざまな写真の中から、ひとつを手に取る。
高校時代の藤枝の写真だ。入学直後なのか、制服姿も初々しい藤枝が緊張した面持ちで写っている。ちょうど出会った頃の写真だ。

友だち同士でふざけて撮った写真や、弓道衣で弓を引いている写真もある。ほかにも大学の仲間と撮ったであろう写真、スーツ姿の写真もある。一番最近に撮られたであろう写真は、飲み会だろうか、部屋の中で数人と並んで機嫌よく笑っている。
写真の中で、藤枝は愛らしい容姿はそのまま、年齢だけを重ねている。
「香太郎…」

「ほな、時間になったさかい、始めよか」
宮元の声に、和桜は手にした写真を戻して自分も席につく。
まずは皆で藤枝のために黙祷を捧げる。
「去る**月**日、俺たちの同級生である藤枝香太郎くんが急逝しました。死因は脳溢血。マンションの部屋で倒れてるのを、会社の同僚に発見されたのやけど、すでにコト切れとったそうです」
宮元の話す藤枝の最期に、皆はざわつく。

何の予兆もない、まったくの突然死だったそうだ。前日まで普通に仕事をして、翌朝出社しない藤枝を心配した同僚がマンションに訪ねてきたところ、床に倒れて亡くなっていたらしい。
「藤枝は学校内でも目立った存在でした。今夜は藤枝の思い出をおおいに語って、飲んで、食べて、湿っぽくならんと送ってやろと思います」

乾杯のあとは、高校の同級生同士、思い出話に花が咲く。和桜や藤枝が通っていた阪南学院高校は私立の男子校で、伝統ある進学校だ。卒業生のほとんどが大学に進学し、名の通った企業へと就職する。
参加者の中には藤枝と同じ大学に進学した者もいて、和桜の知らない大学進学後の藤枝の経緯を話している。

遠方の大学に進学した藤枝は、その地で就職し結婚もしたそうだ。しかし、数年前に離婚してからは、マンションで一人暮らしだったとか。
…そうやったんか。
ビールを飲みながら、静かに聞く。自分の知らない20年の間に、藤枝が就職し結婚して離婚までしていたのには驚いたが、いっさい顔には表さない。

「せや。確か、汀も弓道部やったな」
数人、車座に座って話していた一人から声がかかる。
「ああ」
頷いて、そちらにヒザを向ける。

「藤枝と汀の弓道衣姿は、華やかやったなあ」
「ホンマ。藤姫、桜姫言うて、他の学年の生徒も見に来よったな」
「男子校の花や」
「ファンクラブまであったて、ホンマか?」
口々に言われる言葉に、顔を伏せる。

凛とした風情の和桜と愛らしい顔立ちの藤枝は、学校内で憧憬の眼差しで見られていた。和桜は”桜姫”、藤枝は”藤姫”と呼ばれ、人気を二分していた時期もある。
和桜にしてみれば、20年以上前の遠い記憶だ。血気盛んな若い男ばかりの環境で、偶像として大切に扱われるのは悪い気はしなかったが、それも一過性の熱のようなもの。広く世間を知るうちに、あっけなく冷めてしまうハシカのような熱だと理解している。

だから、高校時代と同じ”桜姫”と呼ばれて、複雑な気持ちになる。
「けど汀はホンマ、変わらへんな。今、なにしてん?」
「普通のサラリーマンや」
「へえ」
「キミは?」
自分の話をする必要はない。和桜はそれとなく話題を変える。

同級生の就職先や現在の職業、結婚しているか子どもがいるかどうかなんて、和桜にはまったく興味なかったが、酒の席で話を聞くそぶりをするくらいの社会性は身につけている。
藤枝の思い出を口々に語ってはいるが、藤枝も遠方の大学に進学したあと同級生の誰とも連絡をとっていなかったらしく、藤枝の就職も結婚も離婚も初めて知ったと、誰もが言っている。

ましてや藤枝が死んだ事は、母親が宮元に知らせてくれなければ、誰も知らなかっただろう。
そして宮元が知らせてくれなければ、和桜もまた知りえる事はなかった。そう考えると、後悔の苦い思いが胸にわく。

藤枝に会おうと思えば、いくらでも方法はあったはずだ。会って、話をして、自分の正直な気持ちを伝える事はできたはずだ。しかし、もうそれもかなわない。
…もう、帰ろか。
これ以上、この場にいるのはいたたまれない。写真の中で無邪気に笑う藤枝に、無言のうちに責められている気がしてならない。

宮元に断って帰ろうと腰を浮かしたその時、
「遅なってかんにん」
ハッキリとした声とともに、サラリと障子が開く。そこには長身でガッチリとした体つきの男が立っている。
男の顔を見上げた和桜は一瞬、息をするのも忘れていた。




  2014.04.26(土)


    
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